祈る気持ち【真夜中の虹】

炭鉱の閉鎖により職を失った男たち。そのひとり、カスリネン(トゥロ・パヤラ)は譲り受けた年代物のオープンカーで、あてどなく南をめざす。ガレージから車を出すと、そこはがらんとした郊外の雪景色。カウリスマキの映画で雪の降りつもる風景をみるのは初めてのような気がする。冬のあいだはポルトガルで過ごすというから、寒いのが苦手なのかもしれない。

冷たい風が吹き荒ぶなか、車を飛ばす。なぜか幌が閉じない。それはまるでカスリネンの未来を予言するよう。強盗に全財産を奪われ、仕事探しも上手くいかず、不誠実な裁判で刑務所送りに‥‥。彼の望みは、ヘルシンキで出会った女性とその息子リク、ただ彼らと一緒につつましく暮らすこと。しかし現実はそれすらも奪いさる。

カウリスマキ映画には、たいてい先の見えない不安が存在する。毎回登場する車を運転するシーンにも、どこへたどり着くのかわからないけれど、とにかく進まなければならない、といった印象を受ける(生きることはいつだって、そう。時間は流れていく)。だからいつも祈るような気持ちで物語の行末を見守る。どうか今度こそは、と。

映画の原題である【Ariel】は、最後に登場する船の名前。前回紹介した【ハムレット・ゴーズ・ビジネス】につづいて、シェイクスピアの『テンペスト(嵐)』を思い浮かばせる(ちなみに、シベリウスやジョン・エヴァレット・ミレイも『テンペスト』を題材にした作品を残している)。【真夜中の虹】は、息子リクの語るおとぎ話。リクこそが魔法の力をもつ妖精Arielにちがいない。カウリスマキ監督にも決して少年の夢をこわすことはできない。エンディングはもちろんあの曲。

最後に、これまでずっと気になっていたカウリスマキ監督やマッティ・ペッロンパーのクレジットの後にある「shs」という表記についてわかったこと。これは 「Suomen hanaseura|Finland's (Beer) Tap Society」の略。この「フィンランド蛇口協会」は、カウリスマキ周辺の俳優やミュージシャンたちによるサークルで、お金を持っている人が酒代を寄付するというもの、笑。【レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う】の謎がひとつ解けた。

真夜中の虹|Ariel(1988)
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
編集:ライヤ・タルヴィオ
出演:トゥロ・パヤラ、マッティ・ペッロンパー、スサンナ・ハーヴィスト、エートゥ・ヒルカモ、ほか

参考:Andrew Nestingen『The Cinema of Aki Kaurismäki: Contrarian Stories』