Miksi? なぜ?【罪と罰】

アキ・カウリスマキのデビュー作は、ドストエフスキー【罪と罰】。こんなに重苦しい物語を最初の作品にとりあげるところに、彼の大胆で軽妙、そしてシニカルな性格が感じられるような気がする。小津安二郎とならび、カウリスマキ監督がたびたび尊敬する映画監督のひとりとして、その名を挙げるロベール・ブレッソンが【白夜】(1978年)を撮っていたことも、きっと頭の片隅にあったのかもしれない(ちょうど再上映され、映画館で観ることのできた【白夜】はほんとうに美しい映画だった)。
とはいえ、原作と映画の印象はおおきく異なっている。はじめに、登場人物たちがフィンランド語を話していることにハッとした。そう、舞台はサンクトペテルブルクではなく、ヘルシンキ。そしてラスコーリニコフがラヒカイネン、ソーニャがエーヴァと名前や背景、人物設定も変わっている。おのずと物語の流れもわかりやすくなっている。
共通するのは、耳に飛び込んできた「Miksi?」というフィンランド語。Miksi = なぜ。なぜ、罪を犯したのか? なぜ、罰を受けなければいけないのか? なぜ、そんな行動をとるのか? なぜ? それは原作でも映画でも鎖につながれたように、ずっと心から離れることのない疑問。
カウリスマキ監督は、そうした「なぜ?」に、ある説明を用意する。前回、観た作品が【マッチ工場の少女】であったことの反動かもしれないけれど、アキ・カウリスマキらしくないようにも感じた。そのかわり、普通の映画 (?) のようにちょっとハラハラしたりする展開も。もちろん、デビュー作であることを忘れてはいけないけれど。
カウリスマキ映画のレギュラーであるマッティ・ペッロンパーは、ラヒカイネンの友人役で出演。もうすでに彼の持ち味やアクの強さが感じられ、最初からペッロンパーであったことがわかってうれしい。また、こうしてカウリスマキ作品をつづけて観ていると、おなじ顔ぶれの俳優たちがいろいろな役を演じていることにおもしろみを感じてきた。
最後に気になったことをひとつ。それはアキ・カウリスマキにとってのロシア(ソビエト連邦)。戦後、日本の人々が米国に対して、ある種の屈折したあこがれを抱いたように、もしかするとフィンランドの人々もロシアにあこがれを抱いていたのではないだろうか。長い苦難の歴史からするとありえないかもしれないけれど。それともカウリスマキ流のきつい皮肉や悪い冗談だろうか。このことは今後の宿題に。
*
罪と罰|Rikos ja rangaistus(1983)
監督:アキ・カウリスマキ
脚本:アキ・カウリスマキ、パウリ・ペンッティ
撮影:ティモ・サルミネン
編集:ヴェイッコ・アールトネン
出演:マルック・トイッカ、アイノ・セッポ、エスコ・ニッカリ、ハンヌ・ラウリ、ほか