どこかにある未来【過去のない男】


2002年公開の【過去のない男】は、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した作品。暴漢に襲われ、記憶を失った男がさまざまな人たちに助けられながら人生を取り戻していく物語。

まず印象に残ったのが、登場人物たちのまなざし。どんな境遇にあっても、誰もがなにかその先(どこかにある未来)を見つめている。そのうちこちらの心の中まで見透かされているかのような気分にさえなってくる。それは、映画の世界と現実が地続きであることを思い出させてくれる。

そしてラジオやジュークボックス、生バンドの演奏といった劇中に流れる音楽。その場面をとくべつ盛り上げるためといったものでもなく、暗示や隠喩を込めながら物語を支えている。ジャンルも幅広く、カウリスマキの表現において音楽はとても重要な要素だとおもう。

また、港湾地区のコンテナで暮らす人々やヘルシンキの街の様子にどこかひと昔前の雰囲気を感じた(もちろん20年以上前の作品なのだから)。いまでも古い建物や街並みが残っているとばかりおもっていたけれど、やはり変わらないものはなにひとつとしてない。物事の本質やその存在は放っておけば、いつのまにか忘れ去られてしまう。語り継ぐことでしか守ることはできないのかもしれない。

映画の前半、海辺で倒れている男のもとに、ふたりの子どもたちがやってくる。くたびれた白いポリタンクをかつぎ棒で運ぶその姿は、ヒューゴ・シンベリの『傷ついた天使』という絵画を連想させる。カウリスマキの映画には、フィンランドのことや他の作品を知っているからこそ、感じとれることがちりばめられているようにおもう。

物語は坦々としていながらも、次から次へと困難がおとずれる。それはまさしく人生のよう。「人生は前にしか進まない」。これまで歩んできたそれぞれの道を人生だと思い込んでいたけれど、もしかしたらそれは違っていたのかもしれない。人生は過去の記憶ではない。人生には未来だけがある。

画像
source: Finnish National Gallery / Hannu Aaltonen

過去のない男|Mies vailla menneisyyttä(2002)

監督・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン

編集:ティモ・リンナサロ

出演:マルック・ペルトラ、カティ・オウティネン、ユハニ・ニエメラ、カイヤ・パカリネン、ほか


* 次回は【カラマリ・ユニオン】をお届けします。