ボタンのかけ違い【マッチ工場の少女】

カティ・オウティネン主演の【マッチ工場の少女】は1989年の作品。工場帰り、古い型のトラムにゆられる主人公イーリス。窓のむこうには当時の静かなヘルシンキの風景が流れてゆく。テレビでは天安門事件のニュース。カウリスマキ監督は「歴史として留めておきたかったから以外の何ものでもない」とインタビューでこたえている。セリフも少なく、とくに説明もない。ただ虚構と現実がとなりあわせでならんでいる。

マッチ工場では毎日、オートメーションで数え切れないほど大量のマッチが生み出されていく。規則正しく、列を乱さず、マッチ箱がまるで「人生ゲーム」の駒のように見えてくる。どこにも居場所がなく、道からそれてしまったイーリス。彼女の罪をだれが問えるのだろうか。どの時点でボタンのかけ違いがはじまった(はじまっていた)のだろうか。

イーリスという言葉から連想するもの。アヤメ(花)、女神、パリ万博のイーリスの部屋、そして、虹(ギリシャ語)。そういえば【ラヴィ・ド・ボエーム】で、仲間たちと発行していた雑誌名が『虹の帯』だった。【真夜中の虹】という作品もある。カウリスマキ監督にとっての「虹」とは。Over the Rainbow(虹の彼方に)、イーリスは現代社会のドロシーなのだろうか?

イーリスは、夜の植物園である花と出会う。ひと知れず花を咲かせる月下美人。監督によるとミカ・ヴァルタリの小説を読んで、気になっていた花だという。その花のまえでイーリスは、持っていた本を開く。ほんのすこし息をつくことができるシーン。

イーリスはまるで、ドストエフスキー『罪と罰』における希望のともしび、ソーニャが、主人公の殺人犯ラスコーリニコフのようになってしまったみたいだ。するとイーリスには、ラスコーリニコフに対するソーニャのような存在がいないということになってしまう。いったい 彼女はだれに、どこに救いを求めればいいのだろう。どうすれば彼女は救われるのだろう。いまもずっと考え続けている。

マッチ工場の少女|Tulitikkutehtaan tyttö(1989)
監督・脚本・編集:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
出演:カティ・オウティネン、エリナ・サロ、エスコ・ニッカリ、ヴェサ・ヴィエリッコ、ほか