3つの十字架の教会〜アルヴァ・アールトからの贈りもの

初めて訪れたヘルシンキ。とくに目的もなく気ままな一人旅だったので、いくつもの教会を訪れました。大聖堂にウスペンスキー、聖ヨハネ教会、テンペリアウキオやカンピ礼拝堂など。いま思うと言葉がわからないので、できるだけ人に会わないように、話さなくてもよいようにという理由だったのかもしれません。

それまで「教会」というものは、物語や絵本の中だけにあるものでした。お寺や神社に慣れている自分にとっては教会の建物の中に入ることはとても敷居の高いことでした。ですが、フィンランドの旅を思い出すとき、いちばん初めに浮かんでくるのは、そんな教会での静かな時間だというのもおもしろいなとおもいます。

記憶というものはどうしても失われていくものです。それらはひとりでも多くの人が思い巡らすことで伝えていくしかないのかもしれません。教会という場所もきっとそんなことのためにあるような気がします。

THREE CROSS HELP

さて、今回お知らせするのは『アルヴァ・アールトの代表作 スリークロス教会を巡るオンラインLIVEツアー』について。サイマー湖の東にあるイマトラという町に、アルヴァ・アールトが設計したスリークロス教会(Kolmen Ristin kirkko)はあります。ヴオクセンニスカの教会、またはイマトラの教会と呼ばれることもあります。

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イマトラ市はイマトラコスキ、ヴオクセンニスカ、タイニオンコスキという3つの村が統合してできた街です。教会は、都市計画とともに設計され、1958年に完成しました。教会内のホールは可動式の間仕切りで3つの空間に分けることができます。そして祭壇には3つの十字架。きっとアールトは3つの村の記憶を残そうと考えていたのかもしれません。

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しかし現在この教会は老朽化のため立ち入り禁止となっています。そこで今回、このアールトの教会を後世に残すことを目的とした修復計画の一環として、オンラインツアーが開催されることになりました。アールト建築や教会、フィンランドに興味のある方はぜひ参加してみてはいかがでしょうか。

日時:2021年10月8日 17:30〜18:30
中継:スリークロス教会(イマトラ市)
参考:visit.alvaraalto.fi / THREE CROSS HELP

アルヴァ・アールトからの贈りもの

アルヴァ・アールトの代表作のひとつといわれるスリークロス教会(別名ヴオクセンニスカ教会/イマトラの教会)。現在、その存続のため大規模な修繕が必要とされています。そんなスリークロス教会を守るため、ここ日本でも建築家の彦根アンドレアさんが中心となり「THREE CROSS HELP」というプロジェクトがはじまりました。2021年10月にはオンラインLIVEツアーが配信され、多くの関心と寄付が集まりました。

そんなみなさんの声がフィンランドにも届いたのでしょうか、スリークロス教会のあるイマトラ市にも支援団体 PRO The Church of the Three Crosses Imatra が設立され、その関連イベントが先日オンラインで開催されました。そこで今回は、オンラインイベントのレポートをお届けします。

どうして代表作といわれるのか

まず最初に話されたのは、アールト財団の建築家ヨーナス・マルムベリ(Jonas Malmberg)さん。スリークロス教会の重要性について。今も多く残されているアールト建築ですが、ムーラメ教会、ラハティの十字架教会、セイナヨキの教会、ドイツのヴォルフスブルク教会など教会の建築も少なくありません。

スリークロス教会は、アールト生誕100周年に発表されたアアルトを知るための7つの建築のひとつに選ばれ、2021年ユネスコ世界遺産暫定リストでのアルヴァ・アールト建築作品群(13作品)にも選定されました。

The Architectural Works of Alvar Aalto
 - a human dimension to the modern movement

1. パイミオ サナトリウム, 1993
2. アールト自邸, 1936
3. スニラ社のパルプ工場と居住区, 1936-54
4. マイレア邸, 1939
5. セイナッツァロの町役場, 1952
6. 夏の家, 1953
7. スタジオ アールト, 1955
8. 国民年金協会ビル, 1956
9. ヴオクセンニスカ教会, 1958
10. 文化会館, 1958
11. ユヴァスキュラ キャンパス, 1953-71
12. アールトセンター(セイナヨキ), 1960-88
13. フィンランディアホール, 1971-75

UNESCO World Heritage Tentative List 2021

また修繕のための資金集めが国際的に行われた例としては、ヴィープリ図書館とパオミオ サナトリウム周辺の森の維持などがあります。ちなみに今回の修繕にもヴィープリ図書館のプロジェクトと同じチームが関わっているそうです。

アールトの目指したもの

そして、アルヴァ・アールト世界遺産推薦委員会の選出メンバーでもあるソフィア・シングラー博士(Dr. Sofia Singler)によるレクチャーへ。スリークロス教会の特徴と建築家アルヴァ・アールトについて。

スリークロス教会の建築プロジェクトはル・コルビュジエの「ロンシャンの礼拝堂」が竣工した1955年に始まりました。この二つの建築はアールトとコルビュジエ、両者にとってターニングポイントとなった重要な建築と考えられています。イマトラの中心街から離れた場所に建てられたスリークロス教会ですが、都市計画のマスタープランもアアルト自身が行っています(スリークロスの名の通り3つの町が合併する際に建設されたという経緯があります)。

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アールトが考えたのは「カレリア地方の森の教会」。イマトラは、第二次大戦後ソ連に割譲されてしまったカレリア地方に隣接しており、森林産業で栄えた地域の記憶(3つの町の記憶)を残すことも重要な要素でした。

またアールトは、スリークロス教会が40〜50年代のモニュメントとして存在するだけでなく、その後も重要な場所であり続けることを目指しました。従来、権威的な場所となってしまう教会をより人々の日常生活に寄り添う場所として、教区の意向を保ちながら公共スペースとしての機能を組み合わせることにしたのです。

建物内のスペースを3つに区切り、バスケットボールも読書会も教会の集会も同時に開催できるといった仕組みや、それら機能による制約で内装のクオリティを落とすのではなく、より広がりのある空間を工夫して作り上げました。聖なる場所としての威厳を落とすことなく、ただの礼拝施設にとどまらないフレキシブルな活用を可能にしたタイムレスなデザインになるとアールトは確信していたそうです。

救われることでみえること

前回と今回、スリークロス教会について知ることで、アルヴァ・アアルトの建築には細部にわたって考え抜かれた意図があることを知りました。それは姿形や機能、そして美しさといったものだけでなく、その先にあるアアルトの想いのような。

ソフィア博士は、今回の資金集めは戦後の珠玉の建築作品をただ救うだけにとどまらないと発言していました。もしかしたらそれはアアルトの想いを後世に伝えるということだったのかもしれません。

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なにかを変えるために必要なのは、知ること、そして忘れないことだと思っています。より多くの関心が集まることで救われるものがこの世界にはたくさんあるのではないでしょうか。遠く離れたフィンランドの教会が救われることでそんな想いを確かなものにできるとしたら。それはアルヴァ・アアルトから未来への贈りものなのかもしれません。

参考:Visit Alvar Aalto
画像はすべて Wikimedia Commons