近くは遠い【ハムレット・ゴーズ・ビジネス】

じつをいうと、これまでいちどもシェイクスピアを読んだことがない。戯曲というものになんとなく苦手意識があるからかもしれない。それにもかかわらず、いくつかのあらすじを知っているという不思議。もしかすると劇作家たちは、読み手や舞台の演出家それぞれの解釈にゆだねることでその物語がいつか普遍的なものになると考えたのだろうか。ちなみに「ハムレット」には、デンマークで12世紀に書かれた原話があるそうだ。北欧にもどってきたカウリスマキ版は「ハムレット」はいかに。

映画の舞台は、デンマーク王家ではなく、現代(といっても1980年代)のとあるファミリー企業。そこで繰り広げられる骨肉の争いを描く。いきすぎた資本主義社会を冷ややかにみつめるアキ・カウリスマキ。そのためか、感情移入できる登場人物がいないところにもやもやする。物語の展開もはやく、どこか舞台っぽい演出で、悲劇であるはずの「ハムレット」の滑稽さを浮き彫りにしているような。

注目のライブ演奏シーンは、メルローズ(Melrose)。フィンランドで1980年代後半に人気を博したネオロカビリー・バンド。曲は「Rich Little Bitch」。彼らのデビューアルバムが1986年リリースなので、カウリスマキ監督はとても耳がはやい。最新作『枯れ葉』のマウスティテュット(Maustetytöt)のように、新しい音楽家たちをフックアップするところがとてもいいとおもう。

オフィーリア役はカティ・オウティネン。つい結末を想像してしまい、途中から彼女の仕草や表情をみているとせつなくなってくる。カウリスマキ監督の用意したエンディングをみて、感情移入できなかった理由がわかった。それは登場人物のほとんどが庶民の目をもっていないから。城壁のなかのできごとも、大企業の会議室でのできごとも、ずっとずっと遠い世界。

それとは反対に、近づきすぎるとみえなくなってしまうものがある。遠くをみつめるミレーのオフィーリアはいま気づいているはず。


Ophelia - John Everett Millais

ハムレット・ゴーズ・ビジネス|Hamlet liikemaailmassa(1987)
監督:アキ・カウリスマキ
脚本:アキ・カウリスマキ、ヴェイヨ・メリ
撮影:ティモ・サルミネン
編集:ライヤ・タルヴィオ
出演:ピルッカ=ペッカ・ペテリウス、エスコ・サルミネン、カティ・オウティネン、エリナ・サロ、ほか