星めぐりのうた【愛しのタチアナ】

 

真夜中に目をさますと、一日中降り続いていた雨がいつのまにか止んでいた。めずらしく静かな夜。はるか遠くから貨物列車のはしる音が聞こえてくるような。ふと、窓のそとに目を向けると、空の低いところに青白い星が瞬いていた。

ちょっと前からうすうすと感じていたものの、ここにきてようやくペルッティ(マッティ・ペッロンパーの愛称)の魅力に気づいた。タイトルは【愛しのタチアナ】だけど、この映画には彼の愛らしさがあふれている。物語の本筋とは関係ないところでも、いろいろと細かい演技をしていて、自然とその役を魅力的にみせる。そして、いつのまにか目が離せなくなっている。この作品が彼の最期の主演作となってしまったことはとても残念。

物語は、コスケンコルヴァをひと時も手放さない自動車整備士レイノ(マッティ・ペッロンパー)と実家で縫製の内職をしているコーヒー中毒のヴァルト(マト・ヴァルトネン)が、エストニア人のカメラ女子タチアナ(カティ・オウティネン)とその友人でベラルーシ人のクラウディア(キルシ・テュッキュライネン)をフェリー港まで車で送り届けるというもの。

また映画では、これまで聞いたことのなかった「The Renegades」というビート・バンドの音楽がよくかかる(他の映画のクレジットでも見たような)。イギリスのバーミンガム出身で、1960年結成。当時フィンランドとイタリアで人気を博したそうだ。カウリスマキ監督(1957年生)も幼い頃、テレビで見ていたのかもしれない。アキ・カウリスマキは、いつも映画をすこし前の時代設定して描くことで、古くさくなることをうまく回避しているようにおもう。

女性にはからきし弱い大昔の田舎のヤンキーのような男たちと、フィンランドという外国で羽をのばし、ちょっと大人ぶった女たち。とくに大きな事件が起きるわけでもなく、静かに旅はつづいていく。言葉もほとんど通じず(タチアナはフィンランド語がすこし話せる)、会話はまったくかみ合わない。でもすこしずつその距離は縮まっていく。人と人とが出会うことの不思議。ただそこにいるだけで生まれる空気。語らずとも伝わるもの。

翌朝、ねむい目をこすりながら、ぼんやりと星のあった場所をながめると、ベランダに物干し台が置かれている。もしかすると電信柱の水銀灯のあかりが反射していただけだったのかもしれない。でもあの夜、自分が見たものは、まぎれもなく星だったにちがいない。旅や映画はそうしたものたちをいつもみせてくれる。

愛しのタチアナ|Pidä huivista kiinni, Tatjana(1993)
監督・編集:アキ・カウリスマキ
脚本:アキ・カウリスマキ、サッケ・ヤルヴェンパー
撮影:ティモ・サルミネン
出演:カティ・オウティネン、マッティ・ペッロンパー、キルシ・テュッキュライネン、マト・ヴァルトネン、ほか