III. 空間へ〜自然に帰るもの

2019年〜2020年、フィンランドのアーティスト、ルート・ブリュックの日本初となる展覧会【ルート・ブリュック  蝶の軌跡】が開催されました。この記事では、新潟県立万代島美術館でおこなわれた展覧会のレポートをお届けします。

目次

旅のかけら〜ルート・ブリュックの軌跡

I. 夢と記憶〜いつかの子どもたちへ

II. 色彩の魔術〜先生って誰?

III. 空間へ〜自然に帰るもの

IV. 偉業をなすのも小さな一歩から〜地球は青かった

V. 光のハーモニー 〜 旅のおわり

「蝶の研究者」(Perhosten tutkija, 3-1)のモデルは、ルート・ブリュックの父フェリクス。ピンで止められた蝶たちは背景に溶け込み、フェリクスだけに色がつけられています。その表情や蝶と虫メガネを持つ指の細さから繊細そうな印象を持ちました。それでもどこか存在感が薄くて、とくに彼が締めている黄色い蝶ネクタイがいちばん生気があるように感じられます。

フェリクスを亡くした後の「お葬式」(Hautajaiset, 2-49)という作品では、大きなハートとさまざまな花たちがデザインされています。そのハートのそばにはルートの本名でもあるリネア(リンネ草)が。たしかにその喪失感は大きかったのかもしれませんが、ほのかに色づいたピンクのハートが、肉体を失ってもまだ生きているような、けして消えない愛情の証のようなものを表しているのかもしれないと思いました。

壁には小鉢(といっていいのでしょうか)の「蝶」(Perhonen, 3-3〜31)が、ランダムに並べられています。ルートはそれひとつで成立するものだと考えていたのでしょうか、それとも「蝶たち」(Perhoset, 3-2)のようにモジュールとして並びかえることを想定していたのでしょうか。

小鉢の中に収まった蝶は、やはり標本なのだと思いました。標本は永遠の「命」を与えられたものであると同時に蝶の「死」を意味するものでもあります。そこには、美しさと哀しみが同居しているように感じました。

また「鹿児島睦さんと一緒にルート・ブリュック展を見よう!」というYouTube動画で予習(!)していたので、蝶の小鉢の縁(ふち、へり)の模様もよく観察することができました。そして、石膏でできた「《蝶》の型」(6-6)もありました。蝶の図柄と枠と蓋の3種類を組み合わせて、その隙間に泥漿を流し込むようです。思っていたよりも蝶の彫り具合は浅いものでした。TVRB3307, 1/3~3/3という通し番号がついていました(TWRBだったかも?)

こうしてちまちまと出典リストにメモを取っていたら、美術館の方が「こちらをお使いください」と、わざわざメモ用紙をはさんだクリップボードを持ってきてくれました。新潟県立万代島美術館、やさしい!(この時点で、もうすでに2時間以上経過していたのです。本当にしつこくてすみません‥‥)

「レリーフ」(Reliefi, 3-32)では、幾何学模様を組み合わせたタイルのような形状を見ることができます。以前の陶板や蝶などに比べて、茶色やオレンジ色といった土の色に近いようなマットな釉薬が用いられていました。

またそれらのタイルは、壁から地面へとその場所を変えます。ルートは、立方体のモジュールや灰皿などと組み合わせて、中期の代表作のひとつ「都市」(Kaupunki, 3-33)という作品を発表しました。やはり色と模様、その配置のバランスがとてもいいなと思いました。白く明るい街からオレンジ色の街、そして暗い色の街へ。朝・昼・夜、一日の街の様子が表現されていたのではないでしょうか。

また、サイコロ状の建物にみたてたモジュールの小さな窓たちがいいなと思いました。タイルやアシュトレイにも花模様や葉っぱのスタンプ。ちょうどラップランドにサマーハウスを購入した1958年頃の作品なので、ルート・ブリュックが自然に回帰しようとしていた時期なのかもしれません。

「ヘキサゴン」(Hexaton, 3-47,48)は、六角柱の立体タイルです。連結させて壁に埋め込んだりするということですが、強度的には大丈夫なのかなと余計な心配をしてしまいました。内側にも模様が描かれたり、彩色されていたりしていて細かいしごとだなと思いました。

そして「アシュトレイ」(Tuhkavati, 3-34〜46)もたくさん作っています。ルートやタピオは喫煙者だったのでしょうか? 内側の灰を捨てる部分が蝶の小鉢と同じくらいのサイズだったと思うので、もしかしたら灰皿という機能ではなく、形から先に考えられたものなのかもしれません。ルートが手書きした古代遺跡の象形文字や星図、ドリームキャッチャーような模様は、とってもリズムがあって音楽を感じるようでした。

宴のテーブル(Katettu pöytä)は、タピオ・ヴィルカラもデザインを手がけていたドイツのローゼンタール製陶所のために作られた大きなレリーフです。展覧会図録の資料で見られる作品とは異なるヴァリエーションの「ガチョウの皿」(Hahivati, 3-52)「薔薇の卵」(Ruusumuna, 3-49,50,51)が、展示されていました。

ガチョウの皿は図録で見た時にはわからなかったのですが、お皿の底だけでなく、縁の部分にまで鳥が描かれていたので、とても立体感がありました。ローゼンタール製陶所にあるものを持ってくるのは無理だったかもしれませんが、ヴァリエーションの違う部品を組み合わせて、大きなレリーフとして見ることができたら、もっとうれしかっただろうなと思いました。

「イコン」(Ikoni, 3-68〜70)では、それまでのルート・ブリュックの特徴であった色が消えて、模様も少なくなっていきます。ほぼすべてが金色です。ここで気になったのが、薔薇やキリストのタイルです。どう見てもルート・ブリュックの絵だとは思えません。そこで再び近くにいた美術館の方に聞いてみました。

質問されるのを想定していたかのように、「ですよね、ルートの絵ではないのではないかと思われます」──なにか転写したものでしょうか?「おそらく(にやり、としたようなしなかったような、笑)」。ああ、なんてたのしいんでしょう! これまでこんなに美術館で質問したことはありませんでした。だれもが外出をひかえていた時期で美術館が空いていたからよかったのだと思いますが、気になったら聞いてみちゃうのおすすめです。

「黄金の深淵」(Kultainen kuilu, 3-71)は、とうとう山型に盛り上がったタイルと反対にへっこんだタイルだけになってしまいました。形だけが金色に鈍く輝いています。ルート・ブリュックはいったいどこに向かおうとしていたのでしょうか。次回へ続きます。