II. 色彩の魔術〜先生って誰?

2019年〜2020年、フィンランドのアーティスト、ルート・ブリュックの日本初となる展覧会【ルート・ブリュック  蝶の軌跡】が開催されました。この記事では、新潟県立万代島美術館でおこなわれた展覧会のレポートをお届けします。

目次

旅のかけら〜ルート・ブリュックの軌跡

I. 夢と記憶〜いつかの子どもたちへ

II. 色彩の魔術〜先生って誰?

III. 空間へ〜自然に帰るもの

IV. 偉業をなすのも小さな一歩から〜地球は青かった

V. 光のハーモニー 〜 旅のおわり

ルート・ブリュックの作品は、透明感のある釉薬がとてもきれいです。まるで深く深く澄みきった湖の底をのぞき込んでいるような色と質感。そしてモチーフとなっている果物や魚、瓶など、そのくっきりとした輪郭線によって、陶板がステンドグラスみたいにもみえてきます。初期の版画や陶器の図案の名残りのような「線」も、とてもルート・ブリュックらしい。

とくに「魚の皿」(Kalavati, 2-8)「ボトル」(Pullot, 2-9)をみて、どうして物が重なった部分の輪郭も残したのだろうと不思議に思いました。それは写実的ではないけれど、より生き生きとした立体感・存在感が出ているようにも感じました。

「ストーブ」(Hella, 2-7)では、釉薬の塗っていないくすんだ色の背景が、そのまま、煤けたストーブのかたちになっていて、おもしろい。その上には、フライパンにのった魚や鍋のスープ。触れたらじゅうっとやけどしてしまいそうです。

さて、前回の最後に挙げたスリップキャスティング(鋳込み成形)についてですが、これは石膏の型に泥漿(でいしょう)を流し込む技法のことです。ルート・ブリュックは同じ型を用いながら、釉薬やスタンプのような模様で変化をつけて、ヴァリエーションを作り出しました。

ベッドに腰かけている母親の上で女の子が踊っている「ダンス」(Tanssi, 2-43,44)は、全体に釉薬が塗られたものと、色味が抑えられたものの2種類がありました。カラー写真とモノクロ写真といった感じでしょうか。不思議と後者の方が、幸せな瞬間がより表現されているように感じました。

そして、四角かった陶板は、そのモチーフのかたちに切り取られていくようになります。

ポスターやチラシにもなっている「ライオンに化けたロバ」(Leijona, 2-47,48)も2種類展示されていて、釉薬の塗ってある方が大きく感じました。たてがみに散りばめられた丸い宝石のようなモザイクや胴体の幾何学模様が、のちのルート・ブリュックの作品の萌芽のようです。逆にいうと、後期作品のタイルのひとつひとつが、それぞれ宝石なのかもしれないと思いました。

ふたつの「シチリアの教会」(Sisilialainen kirkko, 2-26,27)を見ていて、疑問に思ったことがありました。ひとつは四角い陶板で、もう一方は教会のかたちに切り取られています。見比べてみると教会のかたちは同じようです。しかし教会のかたちの陶板の方が制作年が早い。

元々は四角い型で、それを教会のかたちに削ったのか? それとも教会のかたちの型に、あとから四角い背景を継ぎ足したのか? どっちでもいいと云われてしまえば、その通りなのですが、なんとなく気になってしまったので、近くにいた美術館の方に尋ねてみました。

「ちょっとわからないので学芸員に聞いてみます。お時間少々よろしいですか?」といわれ、「はい、お願いします」と答えました。あぁ、わざわざ手間を取らせてしまったなと恐縮していたら、別の係員の方が来て、「どうぞ、その間ごゆっくり観ていらしてください。もしかして先生でいらっしゃいますか?」

── 先生?

なんのことだかわからず、まごついていると、「とても熱心に観ていらっしゃるので」と。この時点で入場してからすでに1時間以上経っていることに気づきました。マイッカ灯台美術館の『マイッカ』は、フィンランド語の口語で『先生』の意味だと知り名づけたので、なんだかおもしろいなぁと思いました。

残念ながら疑問の答えは、学芸員の方にもわからないということでした。

母子や鳥の立体像は、まるで陶板の中から飛び出してきたような感じがします。ルート・ブリュックの作品は多岐にわたっていますが、どこかで繋がっているように思えます。あらたな表現方法に出会って、試行錯誤を繰り返しながら模索していく、そんなひとつの道程が見えるようです。

「母子」(Äiti ja lapsi, 2-41)像の脇にARABIAのロゴのシール(?)が貼ってあるのに気づきました。それまで見てきた陶板にも時々「ARABIA」の文字が刻んであったり、商品であったとはいえ美術作品に企業名が入っているというのは、めずしいような気がしました。

次は、高い天井から吊り下げられたテキスタイル「セイタ」です。さまざまな色に染められた縦糸と横糸の組み合わせで、微妙な色彩が表現されています。展示されていたのは色見本なのでしょうか、ひと繋ぎになった生地のパターンが変わる部分に「Finlayson-Forssa Ab.」というタグが貼ってあり、それぞれK2072といった記号が書いてありました。おそらくKは黄色系、Sは青色系かと。

「セイタ」という言葉は、サーミの方々の聖地のことのようです。息子サミの名もきっとサーミにちなんだものだと思うのですが、ラップランドで生活していた頃、サーミの人たちとの交流があったのでしょうか。きっとラップランドにサマーハウスを建てたいと強く思っていたのは、かつてカレリア地方で幸せに暮らした記憶を持つルートだったのではないかと思いました。

ルートは何種類のパターンを生み出したのでしょう。じっと見つめていると、色というものが無限にあるように思え、その途方もない色の探求はルート・ブリュックだからこそ、なしえたのではないかと思えるほどです。なによりすごくきれいで、太陽に透かして見たらどんなふうに見えるだろうと想像していました。

Seita
Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation

父フェリクス・ブリュック、ビルゲル・カイピアイネン、タピオ・ヴィルカラ。彼らから影響やインスピレーションを受けながら制作を続けてきたルート・ブリュックですが、先生といった存在はいなかったように思います。しいていえば、カレリア地方やラップランドの自然が彼女の先生だったのかもしれません。ちょっと強引ですね、笑。

次回は、展覧会のタイトルにもなっている蝶の登場です。