V. 光のハーモニー 〜 旅のおわり

2019年〜2020年、フィンランドのアーティスト、ルート・ブリュックの日本初となる展覧会【ルート・ブリュック  蝶の軌跡】が開催されました。この記事では、新潟県立万代島美術館でおこなわれた展覧会のレポートをお届けします。

目次

旅のかけら〜ルート・ブリュックの軌跡

I. 夢と記憶〜いつかの子どもたちへ

II. 色彩の魔術〜先生って誰?

III. 空間へ〜自然に帰るもの

IV. 偉業をなすのも小さな一歩から〜地球は青かった

V. 光のハーモニー 〜 旅のおわり

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子どものころ、太陽をどんな色で描きましたか? 自分はいつも赤でした。いつからか太陽を絵に描くことはなくなってしまいました。もしかしたらそれは太陽の色が赤だけではないと知ったからかもしれません。そんな時間や場所によって変化していく太陽という存在をルート・ブリュックはどのように描いたのでしょうか。

「色づいた太陽」(Värillinen aurinko, 5-2)は、白いタイルに黒で模様が描かれています。すべての光を集めると白になるように、ルートは太陽の色を白にしたのだと思います。しかし幾何学模様のタイルのかたちや、そこに描かれた模様から不思議と色を感じることができました。もちろん実際に目に見えているのは白いタイルです。それでもこれは太陽の光の色だとおもいました。

「鳥」(Linnut, 5-4には、どこにも鳥の姿を見ることができません。湖から飛び立つときにできる水の波紋のような、空を羽ばたいていく鳥たちの軌跡のような、またはそのまま一本の鳥の羽根のような。それらの模様は、タイルの形がつくりだす光と影だけで表現されています。光というものが鳥の存在を証明しているようにみえました。

「春の雲」(Kevätpilvet, 5-6は、光を含んだ雲から柔らかい雨が降っています。空に浮かぶ雲は白くみえるけれど、雨には色がありません。同じように光にも色はないといえるのだと思います。ルート・ブリュックは、形のないもの、目に見えないものを、光によって描こうとしていたのかもしれません。

「レリーフ」(Reliefi, 5-7は、白いタイルとうっすらとグラデーションのある淡い水色に塗られたタイルによって作られています。凍った湖を冬の空の上から見た景色でしょうか、それとも冷たい氷の下から見た景色でしょうか。静寂のなかで氷が軋むかすかな音が聞こえてくるような気がします。

展示室の真ん中に置かれていたベンチに腰かけて、しばらく白い作品たちをぼんやりと眺めていました。ああ、ルート・ブリュックはここまで来れたんだなあと、なんだかうれしくなりました(どんな立場からなのか、ちょっと偉そうですけど、笑)。

そして忘れてはいけないのが、彼女の最期の作品「流氷」(Jäävirtaです。ライリ&レイマ・ピエティラが設計した大統領私邸のための作品で、28,000個以上のタイルが組み合わされてできているそうです。もちろん作品を動かすことはできないため、会場にはスケッチや模型がいくつか置かれていました。

この作品に触れるルート・ブリュックや晩年の彼女の姿を写真で見たとき、もしかしたらルートは視力がだいぶ衰えてきていたのではないかと思いました。タイルの作品へ移行したのもそんな理由があったのではないか? 眼鏡をはずしたときに見える世界、色、形、光、その感触や印象。

それでもこの「流氷」は、とても精密で考え抜かれたものであるように思えます。それと同時に、ルート・ブリュックがその感性のすべてを注ぎ込んだものだといえるのではないでしょうか。最愛の人を失った哀しみや流氷の冷たさよりも、優しさやあたたかさを感じます。

ルート・ブリュックの作品は、イラストや版画などからはじまり、さまざまな釉薬を用いた陶板やセイタなどのカラフルなテキスタイルへ、陶板はいつしか輪郭だけになって立体化し、建築にたとえられるような部品・要素になっていきます。その後、それらはよりシンプルなタイル状になって、作品の中に自然の光(時間といってもよいかもしれません)を閉じ込めていきました。一次元から二次元、三次元から四次元へと、ルート・ブリュックは長い年月をかけて次元を超える旅をしていたといえるのではないでしょうか。

会場の最後にはドキュメンタリー映像「RUT BRYK: Touch of a Butterfly」が流れていました。ウェブサイトでこの映像が公開されたときに一度観ていたのですが、美術館の方に「ルートのことがもっとよくわかるので、最後のドキュメンタリー映像もぜひ観てくださいね」と言われてしまったので、会場でもふたたび観ることにしました。

蝶を描くのにパステルで着色してから釉薬を上塗りすること、ブリュックというのが橋を意味すること、タピオとの関係、そしてラップランドの景色、などなど。ここに書いた文章よりもルート・ブリュックの歩みが、ずっとよくわかると思います、笑。

また何度かご紹介していますが、ルート・ブリュック展のウェブサイトも本当に素晴らしかったとおもいます。ぜひご覧になってみてください。ずっとアーカイブとして残るといいなとおもっています。

というわけで、このルート・ブリュックをめぐる旅もおしまいです。結局、美術館には5時間、これまでの最長滞在記録です、笑。全6回にわたってお届けしたルート・ブリュックのこの文章もなんと約14,000字。「流氷」のタイルの半分の数ですね。ここまで読んでくれてありがとうございます。

会場のそとに出るといつのまにか雨もやみ、青空がみえてきました。せっかくなので(なにがせっかくなのかはわかりませんが)海まで歩いてみることにしました。波が高く、とても冷たい風が吹いていて、海岸には人の姿が全くありません。岩から飛び立った黒い鳥が風に流されていきます。一瞬、ルート・ブリュックのドキュメンタリー映像の中に入り込んでしまったように錯覚しました。そう、ラップランドの景色のなかに。

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そして、光が降りてきました。

おわり