旅のかけら〜ルート・ブリュックの軌跡
2019年〜2020年、フィンランドのアーティスト、ルート・ブリュックの日本初となる展覧会【ルート・ブリュック 蝶の軌跡】が開催されました。この記事では、新潟県立万代島美術館でおこなわれた展覧会のレポートをお届けします。
目次
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これまでマイッカ灯台美術館の記事を書くために多くのフィンランドの芸術家やデザイナーのことを調べてきました。そのなかでいちばん好きになったのがルート・ブリュック。彼女のフィンランド国内や世界的な評価はまったく知らなかったのですが、とにかく自由で独特で、孤高の存在のように感じられたからです。
展覧会は東京ステーションギャラリーを皮切りに開催され、行こう行こうと思っていたのですが、なぜかタイミングが合わず機会を逃してしまいました。友人や知り合いの「とてもよかった」という声を聞くにつれ、実際にルート・ブリュックを観たいというおもいが募っていきました。
それでも遠く離れた美術館まで行く決心がつかなかったので、じぶんで外堀を埋めていく作戦を開始しました。巡回展が終わってしまうまでに行くとしたら、どこへいつ行けるか、どの交通機関がよいかなどを計画し、観にいくつもりだとそれとなく周囲に宣言しました。それでもいつのまにか会期末は迫り、最後のチャンスは新潟を残すのみです。
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深夜バスが新潟駅に到着したのは、まだ朝の早い時間。朝ごはんを食べられる場所を探しながら、美術館まで歩くことにしました。会場の新潟県立万代島美術館は信濃川の河口近く、佐渡へと渡るフェリーの玄関口になっている場所にあります。建物のないひらけた河川沿いは、どんよりとした曇り空で、冷たい風が吹き荒んでいました。
何度か書いていると思うのですが、とにかく天気に恵まれない人間でタイミングの悪さにかけては世界11位くらいの才能の持ち主です。今回も当然のように雨が降ってきました。調べてみると美術館のある朱鷺メッセという複合施設内に喫茶店があることがわかったので、朝のジョギングをしている人たちを追い抜き、施設のロビーへと、いち目散に駆け込みました。
しかし喫茶店の開店する8時まで、まだ1時間近くありました。そこでロビーのベンチでしばらく本を読んで待つことにしました。すると、さっきまで降っていた雨も止んで、太陽が見え隠れしています。
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8時になりました。エスカレーターを上り2階へ。店舗のある一角へ進んでいくと明かりがついているのはコンビニだけで、そのうち自動ドアが現れ、別の通路へ出てしまいました。喫茶店はどこにあったのだろうと悩んでいると、ドアのガラスに張り紙がしてありました。
「時短営業のお知らせ」
なんと開店が9時からになっていました。もう1時間弱待っていたので、さらに1時間待っても同じようなものかと、再びロビーで本の続きに戻りました。相変わらず太陽は笑っています。
9時になりました。ロビーへ戻るときに喫茶店の場所はチェックしておいたので、一直線にお店へと向かいました。あれ? まだ電気がついてない。どうなっているんだろうと思っていると、先ほどと同じ張り紙に別の記述があったことに気づきました。
「今月の臨時休業日」
まさにその当日が喫茶店の臨時休業日でした。雨も止んでいたし2時間あったら、とっくに別のお店で朝食にありつけていたはずです。悲しい気持ちでロビーを出ました。びゅうううという風の鳴く音とともに横なぐりの雨が降っているのに気づき、呆然と立ち尽くしました。
展覧会まで中止とかないよね……
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そうです、すっかりルート・ブリュックのことを書くのを忘れていました。仕方がないので、コンビニのサンドウィッチをロビーでほおばり、10時の開館と同時に美術館へ入りました(開いててよかった)。ようやくルート・ブリュックとの対面です。
最初の展示は、ルート・ブリュックの娘マーリア・ヴィルカラによる「心のモザイク」という作品。ルートのつくったタイルのピースを組み合わせて、ルートの作品の変遷を垣間見せてくれます。ルート・ブリュックを知る旅のはじまりにぴったりのイントロダクションです。
2016年のエスポー近代美術館でのブリュック生誕100周年記念の展覧会では24メートルに及ぶものだったそうです。今回の作品は「ルート・ブリュック、旅のかけら」という副題がついていましたが、そのタイルのひとつひとつもかけらであるし、作者のマーリアさんがルート・ブリュック本人と過ごしていた時間のかけらが込められているようにも感じました。
かけら、というとどこかちっぽけなものに思えるけれど、それは歴史や受け継がれてきたものの確かな証しなんだなあと。自分もこうしてルート・ブリュックに会うために旅をしてきたわけで、それはきっとどこかでかけらを受け取ったからなのでしょう。すると大きな作品のひとつひとつのかけらがとても愛おしいものに思えてきました。
フリーハンドで模様を刻んだカラフルなタイルから、モノクロームの幾何学模様のシンプルなタイルへ。すでに資料などを調べ、図録も読んでいたのでその流れは知っていたのですが、このマーリアさんのインスタレーションを見た時、ルート・ブリュックが黒ではなく白の作品で最期を締めくくられたことを思い返して、なんだか救いのようなものを感じました。
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次は、写真家前田景さんによるラップランドのサマーハウスのスライド。こちらは以前 Instagram で限定公開されていた写真(こちらのスライドや「はじめまして、ルート・ブリュック」のアウトテイクなどもあったのだと思います)で楽しんでいました。またいつかどこかで見ることができるといいなと思っています。
ラップランドの景色は、けして鮮やかなものではないけれど、生きた本当の色が現在もあるように感じます。それらの色を取り出して、こうして見せてくれたのがルート・ブリュックなのではないでしょうか。
ちょっと長くなってしまったので、今回はこの辺で。